漫画 「ブルーピリオド」 山口つばさ 講談社

うまくはいえないが、読んでいて「美術」を描こうとする態度に感心した。
–漫画 「ブルーピリオド」 山口つばさ 講談社


美術・芸術を題材にしたマンガやドラマは、
レオナルド・ダ・ヴィンチを主人公にするような、「美術そのもの」でなく、芸術家、あるいは芸術家をめぐる人間ドラマや史実を描くのがほとんどで、つまりは、既存のありきたりのライバルの嫉妬やら創作するときの心理ドラマをストーリーにしてしまうのだが、
この漫画は芸術に関心のなかった現代っ子が絵を描くことによって、好きなこと、自分が何をしたいか、自分が感じたことを表現すること、それらが何なのか求めることが現実生活においてどういうことなのかを高校生っぽく、とりあえず東京藝大に合格するという目標を持って何も知らなかった美術を学び始めるという、同じく無知な読者(私もそうだが)と同じ目線でストーリーが進んでいく。

美術・絵画の描き方の見せ方が(実際に絵画教室で教えているようなことなのだろうが)、美術について知らない人に技術のことだけでなく、その技術の絵画的意味(適切な言葉が見つからないのだが)も伝えようとしているところが、私には新鮮で、そういうことだったのか、と説得力を持っていた。

例えばデッサンについて、
オタク系の絵のうまい女の子の美術部員の絵について、りんごとはこういうものという頭の中の記憶のイメージで書いてしまっているという意味の、美術の先生の指摘があって、「8見て、2描く」ように指導する。逆に初心者で見たままを描こうとしてリアルな絵にならない主人公に対して、「じゃあ、ウソをつきましょう」と、デッサンはよく見て描くことが基本だが、何を描けばそれらしくなるかという「らしく描く」ウソも大切だと教える。
ここに何か起伏のあるドラマがあるわけではないが、それぞれのキャラクターとその配役を使って、実に自然な感じで読んでいけるのが、並みのストーリーテリング力ではないと私には思えた。

ただ、サブキャラにLGBTの女装美男子がいて、それがこれからストーリーに大きく関わってきそうで、漫画として面白くしないといけないための登場人物かもしれないが、私としては、脇道にそれて欲しくないなぁという気持ちがある。

うまくいけば、日常生活では漫然と、あるいは、悟ったように斜めに構えて生きている人間にとって、美術・芸術が何なのか、「ピカソの絵はウン十億円だから価値がある」という経済に還元した尺度とは違う何か、というところまで作者は迫ってくれるのではないかと期待している。

作者の名前を聞いたことがないので、デビューしたての新人作家なのだろうが、こういう漫画を描けるのは大したものだと思う。
しかし、大ヒットするような系統のストーリー展開ではないので、編集部の理解も含めて、どこまで頑張っていけるか心配ではある。
「孤独のグルメ」みたいに、ただ食べるだけ(?)の漫画が支持される日本の文化風土があるのだから、こういう漫画も生き残って欲しいと思う。


カテゴリー: 書籍 パーマリンク

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です